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201系に想う

中央線201系 高尾駅

 さて201系の話でも少し。1981年に投入された201系を最初に見たときは、正直、先頭車の黒く塗り分けられた部分に斬新さを感じつつも、これまでの101系、103系の全部オレンジ色とは明らかに異なる印象を受けました。正直、当初は子供時分なこともあって馴染めない気がしたのですが、いろいろ見ているうちにこの部分が逆にアクセントになって、201系のイメージを作り上げているなあ~と思えるようになりました。それからはすんなりとこの201系が中央線の主役だなと思えるようになったものです。それから26年ですか、考えてみれば他の線区で新型が次々と投入されるなかで、中央線だけが一人、単一の形式の車両で運営されてきたのでスから、コレはまあ本当に良く頑張ったなと、とりあえず褒めて上げたい気分ですね。
 周りを見渡しても殆どステンレス車両になってしまった中では、本当に貴重な鋼体車両の201系でした。当時は省エネ電車とかいわれて、話題になりましたが、今やそれも当たり前ですからねぇ。画一化されていく電車のデザインのなかでは、逆に国鉄時代の流れをくむだけにその少し無骨な感じもいいと思うのですが、もう古いといえばそうなのでしょうね。233系のデザインがどうも好きになれないのは、自分が年寄りだから(笑)ということもありますけど、実は今の時代にマッチしているのはこちらだったりするわけですから心象としては複雑です。例えばそれは、三鷹~立川間の高架化工事だったりで、中央線の走る風景も変わっていくことで人が受ける印象がまた、大きく変わることも関係しているのかもしれません。曰く201系の時代は終ったと。
 それが残念であると思えてしまうのは、先に述べたとおり、子供時分から見てきた全部オレンジ色の電車が無くなる、こととつながっているからで、例えば233系が全部オレンジ色だったりしたら、また違っていたかもしれないですが、現実そんなことは無いでしょうしね。てか、やっぱり231系統は好きになれないな・・・(汗)。
 まあ、せめて模型の中でも残すしかないと思うのは、模型人故の性みたいなところはありますが、101系と違って通勤輸送に貢献した最初の電車、と言うわけでもありませんから鉄道博物館に残ることもないでしょう。SLや電機と違って単機で飾っても様になりません。全車地方巡業の後、ひっそりと解体というのが運命ですか。ま、思い出の中に残しておくことが一番と言うことなのかもしれません。
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尾張屋藤兵衛

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 鉄道ほか乗り物一般とロボ好きなおっさん。下手の横好きで今日も模型を作っていたりする。

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